「エツ」という名前を聞いたことがあるだろうか。福岡の人間でも首をかしげる人は多い。有明海にしか生息しない、ニシン科の白身魚です。産卵期に筑後川を遡るのが6月から7月にかけてで、その時期にしか漁獲されない。スーパーには並ばない。冷凍流通もほぼない。食べたければ、有明海のそばに行くしかない。
毎年6月に久留米市城島町で開かれる「城島エツ祭」は、その一点突破の食体験が詰まった祭りです。唐揚げ、バーガー、刺身――6月の湿った空気の中で食べるエツは、間違いなくその日だけの味がします。この記事では、城島エツ祭を起点に、久留米・柳川エリアのグルメを1日で制覇するルートを組みました。西鉄1日フリーきっぷ1枚あれば、天神から全て電車でまわれます。
「普通のガイドブックには載っていない九州の食」を探しているなら、ここがその答えの一つです。
エツとは何か——有明海と6月だけが生み出す一皿
エツの正式名は「餌取(えつ)」。ニシン目カタクチイワシ科に属し、日本では有明海のみに生息する固有種です。体長は20〜40cm、細く平たい銀白色の魚体で、川を遡上しながら産卵する習性があります。その遡上が始まる6月上旬から7月上旬のわずか数週間が、唯一の漁期です。
なぜこれほど希少かというと、鮮度落ちが早く、冷凍すると身が崩れてしまうため流通に乗せにくい。刺身で食べるには「骨切り」という繊細な技術が必要で、熟練した料理人でないと対応できません。それゆえ、城島や大善寺の地元以外ではほとんど流通しない。東京では食べられない、大阪でも食べられない。九州にいても、福岡市内のスーパーには並ばない。
食べてみると、身は白く淡泊で、皮目に青魚特有の旨みがあります。唐揚げにすると骨ごと丸ごと食べられ、カルシウムたっぷりでサクサクと食べ進められる。刺身は骨切りされた薄造りで、わずかな甘みと磯の香りがある。「これがニシンの仲間?」と思うほどに上品な白身です。6月の筑後川の風の中で食べる一皿は、旅の記憶に深く刻まれます。
旅の準備: 西鉄フリーきっぷ & eSIM
城島エツ祭・柳川川下り・久留米ラーメンを1日で制覇するなら、西鉄電車の1日フリーきっぷが便利です。天神から久留米・柳川・大牟田まで乗り放題で、乗り降り自由。Klookでは事前購入が可能で、来日前に手配しておくとスムーズです。また、現地でGoogle MapsやGoogle翻訳を使うために、eSIMの事前準備も忘れずに。
1軒目:城島エツ祭(城島町民の森公園 / 久留米市城島町)
城島エツ祭は毎年6月、城島町民の森公園で開かれる一日限りの祭りです。「エツを食べる祭り」としての性格が強く、会場に並ぶ屋台はほぼすべてエツ料理。揚げたての唐揚げ、その場で作るエツバーガー、塩焼き、そして骨切り刺身——この日だけのラインナップが城島の初夏の空気の中に広がります。
筑後川を遡上するエツが最も多く水揚げされる6月上旬に合わせて開催されるため、鮮度という意味でも1年で最良のタイミングです。唐揚げは500円前後(要現地確認)で提供されることが多く、薄い銀色の身を骨ごと丸ごと揚げたものを立ち食いするのが祭りの流儀。ほんの少し醤油をつけて口に放り込むと、サクッという音の後に魚の甘みが広がります。「鶏のから揚げとはまるで違う」という驚きが、最初の一口にあります。
お店の情報
- 開催日: 2026年6月7日(日)※年次開催のため翌年以降は要確認
- 会場: 城島町民の森公園(福岡県久留米市城島町)
- アクセス: 西鉄天神大牟田線「大善寺駅」下車、車または徒歩・タクシーでアクセス
SHIRO’S TIP
エツの唐揚げは冷めると急速に風味が落ちます。揚げてもらったらすぐ食べること。刺身は骨切りした後の鮮度が命なので、祭り会場では刺身屋台の到着時刻(多くは11時前後)を確認してから並ぶのがコツです。
2軒目:本吉屋(福岡県柳川市 / 柳川うなぎのせいろ蒸し)
柳川の川下りが終わると、体の芯に川の冷気と湿気が残っています。水路沿いをのんびり歩いて辿り着く本吉屋は、柳川でうなぎを語るときに必ず名前が上がる老舗です。創業は江戸時代に遡り、代々継ぎ足された秘伝のタレで仕上げるせいろ蒸しは、柳川という土地の時間の厚みを直接口にするような料理です。
柳川のうなぎは「せいろ蒸し」が正統。蒸すことで脂が落ち、タレがご飯に浸透して、うなぎと飯が一体化します。関東風の蒸してから焼くやり方とも、関西風の地焼きとも違う。柳川でしか生まれなかった、独自の進化です。本吉屋のせいろ蒸しは蓋を開けた瞬間に甘辛いタレの香りが立ち上り、うなぎの表面は照り照りと光っています。蒸し加減は絶妙で、箸でほぐすと身がふわりと割れる。
お店の情報
- 住所: 福岡県柳川市旭町69
- アクセス: 西鉄柳川駅から徒歩約15分、または川下りの乗船場近く
SHIRO’S TIP
川下りのゴール地点から本吉屋まで歩くと15分ほどかかります。川下りの所要時間は約70分。昼食ピーク(12時〜13時半)と川下り終了時刻が重なりやすいため、川下りを午前中の便(10時前後スタート)にしてから昼食に来るか、事前に予約を入れておくのが賢明です。
3軒目:大砲ラーメン 本店(福岡県久留米市 / 久留米豚骨の原点)
博多ラーメンより先に生まれたのが、久留米ラーメンだということを知っている人は意外と少ない。1937年、久留米で豚骨スープが開発されたのが九州とんこつラーメンの起源で、その流れを直接汲む老舗が大砲ラーメンです。昭和28年(1953年)創業。屋台から始まったこの店は、気がつけば70年以上、同じ場所で同じスープを炊き続けています。
久留米豚骨は博多とんこつよりも色が濃く、泡立ちが強く、動物系の香りが前に出ます。一口飲むと、脂の甘みとゼラチン質のまったりとした厚みがのどに広がる。麺は細いが、このスープに対してちょうどいいコシがあります。「博多ラーメンとどう違うの?」という問いに対する一番正直な答えは、「こちらの方が先で、こちらの方が濃い」です。久留米に来たなら、エツだけで帰らずにこの一杯も飲んでほしい。
お店の情報
- 住所: 福岡県久留米市通外町11-8
- アクセス: 西鉄久留米駅または JR久留米駅から徒歩圏内
- 営業時間: 10:30〜21:00
- 定休日: 元日のみ
SHIRO’S TIP
大砲ラーメンのスープは継ぎ足し仕込みで、日によってわずかに濃さが違います。「こってり」が好きなら臆せず濃いめで注文を。エツ祭りから戻った夕方以降に来ると、ランチの混雑を外せます。
4軒目:一藤 今泉本店(福岡市中央区今泉 / 〆の博多もつ鍋)
城島・柳川・久留米をまわった帰り道、西鉄特急に乗って天神まで戻ります。所要約30分。足は棒のように重いのに、なぜか体はもつ鍋を求めている。今泉の路地に入って一藤の暖簾をくぐると、熱気と出汁の香りが出迎えてくれます。1日の締め方として、これ以上ない選択です。
一藤のもつ鍋は醤油ベースの出汁が特徴で、もつの脂の甘さとキャベツ・ニラの青みが溶け合います。鍋が煮立つにつれて香りが立ち上がり、もつの臭みはほとんど感じない。〆は「ちゃんぽん麺」か「ご飯」を選べます。西鉄1日フリーきっぷは天神まで有効なので、この1杯も旅のルートの中に自然に入ります。
お店の情報
- アクセス: 西鉄天神大牟田線「西鉄福岡(天神)駅」下車、今泉エリアへ徒歩約10分
SHIRO’S TIP
今泉エリアは夜になると地元客で賑わう。一藤は混雑時に相席になることもあるので、1人なら開店直後か閉店1時間前が入りやすいです。西鉄天神からの帰りに立ち寄る場合、最終バスの時刻だけ先に確認しておくと安心です。
比較表:城島エツ祭 × 久留米・柳川グルメ一覧
| スポット | ジャンル | エリア | おすすめのタイミング | 一人旅OK |
|---|---|---|---|---|
| 城島エツ祭 | イベント食(エツ唐揚げ・刺身) | 久留米市城島町 | 6月7日(日)午前〜昼 | ◎ |
| 本吉屋 | うなぎのせいろ蒸し | 柳川市 | 川下り後のランチ・早めのディナー | ○ |
| 大砲ラーメン | 久留米豚骨ラーメン | 久留米市 | 祭り後の夕方以降 | ◎ |
| 一藤 今泉本店 | 博多もつ鍋(醤油ベース) | 福岡市中央区(今泉) | 夜(天神帰着後) | ○(要確認) |
1日で制覇するモデルルート(西鉄フリーきっぷ使用)
天神を9時前後に出発するなら、まず西鉄柳川駅で下車して川下りの朝便(10時スタート前後)に乗るのがベストです。川下りのゴール後、歩いて本吉屋でうなぎのせいろ蒸しをランチ。午後は大善寺乗り換えで城島方面へ移動し、城島エツ祭(6月7日の場合は終日開催)でエツ唐揚げを食べます。夕方に西鉄久留米へ移動して大砲ラーメン。その後、西鉄特急で天神へ戻り(約30分)、今泉の一藤でもつ鍋を〆に——というルートが、1日フリーきっぷを天神〜大牟田間フルに使えるプランです。
天神から久留米まで西鉄特急で約30分、久留米から柳川まで急行で約20分。乗り換えの手間も少なく、インバウンドFITでも時刻表を見ながら動きやすいエリアです。電波が不安なら、出発前にeSIMを手配しておくと、Google Mapsで乗り換えを調べながら移動できます。
旅の準備: 西鉄フリーきっぷ & 柳川川下り
西鉄1日フリーきっぷは、天神大牟田線の天神〜大牟田間が1日乗り放題。柳川川下りツアーはKlookで事前予約すると当日窓口並びが不要でスムーズです。両方セットで手配しておくと、当日の移動が格段に楽になります。
まとめ:6月だけの旅を、筑後川に会いに行く
エツという魚は、旅のきっかけとしては地味かもしれない。ガイドブックにも大きく載らない、地元の人でも知らない人がいる、そういう存在です。ただ、その一皿を食べるために城島まで来ると、6月の筑後川の空気を知ることになります。祭りの屋台の煙、川下りのゆっくりとした水の流れ、老舗のせいろを開けた瞬間の湯気。久留米のラーメン屋で豚骨の香りに包まれながら飲む一杯。
この旅は、「エツ」という名前を知ってから始まる旅です。6月だけの、有明海のそばにしかない、一皿のために動く旅。そういう理由で動いた旅は、なぜかよく覚えています。

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